ご無沙汰しております。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
東北はもうすっかり秋の気配です。朝晩の冷え込みが厳しくなり、日中との気温差が10℃以上になる日もあるほどです。 みなさまは体調を崩されていませんでしょうか?
前回は、父のがん治療について少し離れ、私と父の思い出話にお付き合いいただきました。今回は、前回の続きとして、7月に行ったガンマナイフ治療とその後の経過についてお伝えします。
父のガンマナイフ治療は、泊まり込みで行われました。 治療自体は成功したものの、効果が目に見えるのはもう少し先になるようで、すぐに転移した癌が消えたかどうかは、まだわからないとのことでした。
脳神経外科の先生をはじめ、病院のスタッフの方々には本当にお世話になりました。特に先生は、いつも優しく、父の不安を取り除くように丁寧に説明してくださり、私たち家族にとって心強い存在でした。
治療後の経過観察のため、8月12日に定期通院があり、血液検査とCT検査を行いました。 しかし、検査の結果は私たち家族にとって、またしても受け入れがたいものでした。
腫瘍マーカーの数値が102と高い数値を示し、CT検査の結果、肝臓に2箇所も転移が見つかったのです。
「また転移…」
この残酷な現実に、私はただただ絶望するしかありませんでした。
父も「またあの辛い抗がん剤治療が始まるのか…」と、深くうなだれていました。
前回の抗がん剤治療は、父にとって想像以上に辛いものでした。 仕事も繁忙期と重なり、治療と仕事の両立は、体力的に相当な負担だったことを、側で見ていてよくわかっていました。
今回の肝臓への転移。それは、またあの辛い日々に戻ってしまうことを意味していました。
父は、母への連絡をどうすればいいのか悩をでいました。 この事実を電話で伝えることなど到底できなかったようで、「夕方帰ったら話がある」とだけメールを送っていました。
後で聞いた話ですが、いつも明るい父から、その日メールが来た時点で、母は嫌な予感がしていたそうです。 良い話題であれば、必ず電話で伝えてくる父なので、すぐにピンときたのでしょう。
検査日だったこともわかっていたので、そのメールを見た瞬間から、仕事に集中できなかったと言っていました。 まあ、直接電話で伝えられていたら、もっと動揺して仕事どころではなかったかもしれません。
その日の夕方、私は重い足取りで家路を急ぎました。
家に着くと、母の腫れぼったい目に、私は何も言わずに抱きつきました。 言葉にしなくても、お互いの気持ちを理解し合えた気がしました。
「転移」
この言葉は、私たち家族に底知れない恐怖を与えました。 転移した癌は消えるものなのか、父の命はどうなってしまうのか… 不安と恐怖が、私たちの心を支配しました。
医師からは、別の種類の抗がん剤を使うという話がありましたが、父の未来に対して、希望を持つことができませんでした。
楽しいはずの家族との時間も、仕事の合間の息抜きも、全てが色あせて感じられ、心からの笑顔を見せることができませんでした。
それでも、現代の医学は日々進歩しています。 きっと父は治ると信じて、この絶望的な状況を、なんとか乗り越えようとしています。
次回は、いよいよ始まる新たな抗がん剤治療と、その後の父の闘病生活についてお話しさせていただきます。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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