更新が滞ってしまい、申し訳ありません。東北は朝晩の冷え込みが厳しくなり、日中との気温差に体がついていくのがやっとの毎日です。それでも日中は10月中旬とは思えない陽気で、温暖化の影響を肌で感じずにはいられません。
さて、前回は父の癌が肝臓に転移したという衝撃の事実をお伝えしました。脳のガンマナイフ治療からわずか1ヶ月も経たないうちに、2箇所もの肝臓転移が見つかったのです。腫瘍マーカーの数値は102。医師から説明を受け、目の前が真っ暗になりました。
数日後、父は新たな抗がん剤治療に臨むことになりました。前回とは異なる種類の薬剤を使った「イリノテカン療法」という治療法で、3コースを予定しているとのことでした。2022年8月24日、治療が始まりました。
仕事人間である父は、治療を受けながらも仕事を続けることを選びました。通院しながら治療を受けられることに安堵していましたが、治療当日やその後の数日間は、今思い返すと相当辛かったはずです。
実家は米農家を営んでおり、父の朝は想像を絶するほど早いのです。日の出前から田んぼに向かい、日が暮れても残業は当たり前。21時、22時に帰宅することもしばしばありました。そんなハードな生活に加えての抗がん剤治療…。よく耐えていたと思います。本当に頭が下がります。
私は実家暮らしではありませんでしたが、実家から車で1時間ほどの場所に住んでいたので、頻繁に実家に顔を出していました。父の帰りが遅い日は、一緒に夜ご飯を食べ、他愛もない話をしながらテレビを見て過ごしました。
癌のことは常に頭の片隅にありましたが、なるべく普段通りの生活を送りたかったので、治療の話はあまりしませんでした。ただ、体調だけは心配だったので、それとなく聞き出すようにしていました。
土日は疲れが溜まっているのか、父は一日中寝ていることが多かったように思います。しかし、9月に入るとそうも言ってられなくなりました。農家にとって一年で最も忙しい稲刈りの時期がやってきたのです。
「寝て、稲刈り、寝て稲刈り…」
まるで壊れたロボットのように、父は休む間もなく働き続けました。こんな体調の人が、重労働である稲刈りをしていいはずがありません。
「安静、休息って言葉、知ってるの?」
そう父に問いただしたい気持ちをぐっとこらえ、ただただ見守ることしかできませんでした。
周りの人の助けもあり、父の懸命な努力の甲斐あって、今年も黄金色に輝くおいしいお米をたくさん収穫することができました。近所の人から頼まれていた田んぼの稲刈りも無事完了し、皆に感謝されながら、新米を届けることができました。
「お父さんの作るお米は本当に美味しいよ!」
そう言ってもらえることが、父の何よりの励みになっているようでした。今年は「あきたこまち」と「コシヒカリ」の二種類を作りました。どちらも自信作です。
話が米作りの方にそれてしまいましたね。今回はこの辺りで筆を置きたいと思います。次回の更新をお楽しみに。

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