皆様、本日も父の闘病記録をご覧いただき、ありがとうございます。
東北地方は相変わらずの大雪に見舞われています。除雪をしても、またたく間に真っ白な雪が積もっていく日々が続いています。確かに雪景色の美しさには心を奪われますが、厳しい寒さと格闘しながらの車の運転、そして끝が見えない除雪作業に、時として疲れを感じることも多くなってきました。それでも、この寒さに負けることなく、今日も前を向いて進んでいきたいと思います。
さて、前回は父のガンマナイフ治療と肝臓への癌転移の進行についてお伝えしました。その後の父の様子について、今回は綴らせていただきます。
この時期、父の体調の変化は日に日に顕著になっていきました。特に気になったのは、転倒の頻度が著しく増えていたことです。父本人も「平衡感覚がない」と口にするようになり、その言葉の重みが私たちの心に突き刺さりました。
それでも父は、片道40分もかかる通勤を続けていました。凍結した道路、吹雪く天候の中での運転は、健康な人でさえ神経を使う作業です。まして体調の優れない父にとって、どれほどの重労働だったことでしょう。よく口にしていた倦怠感も、日を追うごとに深刻さを増していったように思います。
私は必死で情報を集めていました。他に有効な治療法はないのか、新しい治療の可能性はないのかと、インターネットで検索する日々が続きました。しかし、小細胞肺癌に関する情報を調べれば調べるほど、望まない現実ばかりが目に飛び込んできて、心が潰されそうになることもありました。
そして、父の病状は更なる試練を突きつけてきました。脳への癌の転移が進行し、3月7日からは全脳照射を行うことになったのです。2週間にわたる治療の後、主治医からは新たな抗がん剤治療(ハイカムチン)と、入院での治療が提案されました。
仕事一筋で生きてきた父にとって、入院を決断することは、想像以上に重い決断だったはずです。特に今は重要なプロジェクトの真っ最中で、責任感の強い父にとって、仕事を中断することは本当に苦しい選択だったことでしょう。しかし、おそらく父自身も限界を感じていたのだと思います。私たち家族に「入院して治療に専念する」と告げた時の父の表情は、今でも忘れられません。
3月後半からの入院が決まった時、私の心の中には不思議な希望が芽生えていました。入院することで、父がこれまでのように無理を重ねることなく、十分な休養を取りながら治療に専念できる。そうすれば必ず良い方向に向かうはずだと、春の訪れとともに父の容態も良くなっていくことを、心から信じていました。
今振り返ると、その希望は少し楽観的すぎたのかもしれません。しかし、あの時の希望があったからこそ、私たち家族は前を向いて進むことができたのだと思います。
本日はここまでとさせていただきます。季節の変わり目で、インフルエンザなどの感染症も流行っております。読者の皆様におかれましても、どうぞご自愛ください。
これからも父の闘病記録を、誠実に綴っていければと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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