父の旅路と私たちの絆

今日も、新たな一歩としてこのブログを更新していきます。東北は再び寒波に襲われ、厳しい冷え込みが続いています。昨日は特に、車を運転中にホワイトアウト現象に遭遇し、目的地までたどり着くのに予想以上の時間を要しました。無事に着けたのは幸いでしたが、寒さがいよいよ本格的になってきたと実感しました。

今日は、前回の続きをお伝えします。主治医により告げられた、治療を断念せざるを得ない現実と、緩和ケアに注力していくことへの切り替え。父はその直後、長くお世話になった病院から地域包括ケア病床へと移動することが決まりました。「看護師さんたちに会えなくなるのが寂しい」と言いながらも、父は頑張って新しい環境に馴染もうとしていました。しかし、新しい場所への移動には不安がつきまとったようです。

父が抱えていた不安は、優しく接してくれるのか、痛みを和らげてくれるのか、ナースコールを押したら来てくれるのかといったものでした。こうした不安は、日々の生活の中で実際に直面する問題でもあります。父は、酸素を繋がないと息苦しい状態で、食欲も著しく落ちていました。最も残酷に感じたのは、ナースコールを押すために使っていた唯一の指がもう動かなくなったことです。こんなに辛いことがあるのでしょうか…。

幸い、病院では息で吹きかけることができるナースコールを新たに設置してくれました。これを使うのは私たち家族も父も初めての経験でしたが、少しでも父が安心できるようにと願いました。引っ越しのための手続きを経て、父は地域ケア病棟に移動しました。親身になってくれるスタッフがいる様子に、少し安堵しましたが、忙しさのため、ナースコールを使っても迅速に対応してもらえないこともしばしばありました。それでも、父の病状はますます深刻であり、まさにその時々に誰かに助けて欲しいと家族全員が切に願っていました。

仕事を終えて父を訪ねると、彼はいつも辛い表情を浮かべていました。身体がかゆくても自分でかくことができず、ナースコールを使ってもすぐに誰かが来てくれない現実を、半泣きになりながら私に伝えてきたのです。日に日に弱っていく父を見続けること、そして何もできずに苦しむ姿を見ることは本当に心が痛み、仕事にも手が着かないほどでした。夜中も通勤中の車の中でも涙が止まらない日々が続きました。

今日は、この辺りで筆を置こうと思います。書き進めることすら辛い瞬間ですが、それでも最後まで記録していきたいと思っています。2023年に起きた出来事とは思えないほど記憶が鮮明です。その思いをこのブログに綴っていきますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

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