皆さま、こんにちは。2月以降の更新となり、大変遅くなってしまったことを心よりお詫び申し上げます。久しぶりのブログ更新となりますが、温かく見守っていただけると嬉しいです。
東北の地にも春の足音が確かに届き始め、長い冬の間積もっていた雪もすっかり溶け始めました。窓から見える景色が日に日に彩りを増し、心がわくわくする季節の変わり目です。新しい生命が芽吹き、自然が再び息を吹き返すこの時期は、いつも私に希望を与えてくれます。しかし同時に、毎年恒例の花粉症への不安も少しずつ募っているのも正直なところです。マスクと目薬の準備をしながら、春の訪れを複雑な気持ちで迎えています。
前回のブログでは、父が一般病棟から地域包括ケア病棟に移動したところまでお伝えしました。それからの日々は、私の記憶の中でも最も辛い時期として刻まれています。正直に告白すると、この期間のことを文字に起こすことさえ、何度も躊躇してきました。キーボードに向かうたび、あの時の光景が鮮明によみがえり、言葉を綴ることができない日々が続いていました。
しかし、今日は力を振り絞って、あの日々の記録を残したいと思います。これは単なる記録ではなく、父との大切な時間の証であり、同じような状況で苦しんでいる方々への小さな灯火になれればという願いを込めて。
父は地域包括ケア病棟に移ってからというもの、ほとんど食べたり飲んだりすることができない状態が続いていました。それだけではなく、体中の痛みが日に日に増していく様子が、私たち家族の心を引き裂いていました。リクライニングベッドを少し上げて食事をしようとする際も、父は激しく痛がり、私たちは痛くない角度を探すことに必死でした。わずかな角度の調整で表情が変わる父を見て、なるべく短時間で食事を済ませることを意識するようになりました。
今でも耳に残っているのは、飲食している最中に発せられる父の「もう大丈夫、下げてくれる?」という貧弱な声です。その言葉には、痛みに耐える精一杯の勇気と、私たちに心配をかけまいとする優しさが混ざっていました。その声を聞くたびに、胸が締め付けられる思いでした。
食事の時間は、以前なら家族の笑顔が集まる幸せな時間だったのに、今は苦痛との闘いの時間に変わっていました。面会の際には、父が食べたいと言っていたおかゆやさっぱりしたもの、喉越しの良いゼリーなどを持参して、少しでも栄養を摂ってもらおうと介助していました。しかし、ほとんど食べることができず、毎日数口程度の摂取量に留まっていました。一口、また一口と励ましながら食べてもらうものの、その間に父の表情が苦痛で歪むのを見るのは、何とも言えない辛さでした。
母は、そんな父の姿を見るたびに心を痛めていました。「食べないと元気が出ないよ、治らないよ」と、父の前では明るく振る舞いながらも、私たち娘の前では時折弱音を吐くようになりました。夜、一人になったときの母の肩の震えを見たことがあります。日に日に弱っていく最愛の人の姿を見続けることが、どれほど耐え難いものだったか、今なら少し理解できるように思います。
父は痛みのせいで声を出すことさえ難しくなり、会話することすら体力を消耗するような状態でした。かつては家族の笑い声の中心にいた父が、今は短い言葉を発するだけで疲れ果ててしまう。その変化に、私たちは言葉を失いました。
私自身も複雑な感情を抱えていました。大好きな父に会えるはずなのに、面会に行くこと自体が心理的な負担になっていました。病室のドアノブに手をかける瞬間、いつも一瞬躊躇していたことを覚えています。「今日はどんな父の姿を見ることになるのだろう」という不安と、「それでも会いたい」という気持ちの板挟みになりながら、毎回勇気を振り絞って病室に足を踏み入れていました。
面会時間は、何を話せばいいのか分からない沈黙と、無理に明るく振る舞おうとする私たちの声で満たされていました。天気の話、病院の食事の話、些細な日常の出来事を語りながらも、本当は伝えたいことがあふれていたのに、それを言葉にできない歯がゆさがありました。
それでも、父の手を握り、時には黙って並んで窓の外を見つめる時間は、今思えばとても尊い時間だったと感じています。言葉を交わさなくても、ただそこに一緒にいることの大切さを、父は教えてくれていたのかもしれません。
看護師さんたちは、そんな父の状態を見て、できる限りの痛みの緩和に尽力してくださいました。痛み止めの調整、体位の工夫、時には単に話し相手になってくれること。医療者の方々の優しさと専門性が、あの苦しい時期の小さな光となっていたことを、今でも感謝しています。
本日の記録はここまでとさせていただきます。次回は早めの更新ができるよう頑張りたいと思います。父との闘病の記録を続けることは、時に心が折れそうになるほど辛いですが、それでも綴り続けることで、父との大切な時間を忘れないでいられるような気がします。
私の父の闘病記録を読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。皆さまの温かい視線が、この記録を続ける勇気を与えてくれています。同じような経験をされている方が、この記録によって少しでも心の支えになれば、これほど嬉しいことはありません。
春の訪れとともに、新しい命が芽吹くように、私の中の父への思いも、悲しみから感謝へと少しずつ変わってきています。季節が移り変わるように、心の景色も変わっていくのかもしれません。次回の更新でも、またお会いできることを楽しみにしています。

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