もうすぐ9月も終わりに近づいてきました。先日、父のガンマナイフ治療のために入院した様子や治療について簡単にお伝えしましたが、今日は治療のことから少し離れて、私の父について、幼少期から今までの父と私の関係性をお話ししたいと思います。
父は東北に生まれ、田舎で育ちました。幼少期から野球が大好きで、今でも巨人のファン。スポーツ観戦を楽しむ姿は、私の記憶にも色濃く刻まれています。
彼はJAに勤め、20代前半で母と結婚し、3人の娘の父親として、家族を支えてきました。私が次女です。我が家では米農家としての顔も持っており、高齢化が進む田舎において比較的若い父は、近所の人に頼まれた分のお米も作っていました。周囲の人々からの信頼が厚く、情にあつく優しい人柄は、家族だけでなく地域の人々にも愛されていました。
家庭における父は、決しておしゃべりな方ではありませんでしたが、無口というわけでもなく、家族サービスはしっかりとしていました。ユーモアもあって、優しく、働き者で、頼りがいのある存在でした。そんな父がいるからこそ、私は自分の道を追い求めることができました。
私が小学4年生の頃から始めたのは卓球です。最初はスポーツ少年団からスタートし、卓球の魅力にどんどん引き込まれていきました。そして、父には私の卓球に対する情熱を理解し、サポートしてもらうことができました。卓球の経験はなかったにもかかわらず、父は卓球について勉強し、スポーツ少年団全体のコーチも務めてくれました。小学6年生の時、私は全国大会に出場するチャンスを手にしました。中学校でも自分の成績を伸ばし続け、県内ではいくつかの大会で好成績を残すことができました。
そんな私を支えてくれたのは、他ならぬ父です。土日にはいろいろな場所に連れて行ってもらい、練習試合や大会に参加させてもらっていました。仕事が忙しいはずなのに、父はいつもビデオカメラを持って駆けつけ、私のコーチとして一緒に過ごしてくれました。その熱心さには驚かされることも多かったです。大会で良い試合をしたり勝ったりすると、父の喜ぶ顔を見るのが私にとって何よりの幸せでした。それが嬉しくてしょうがなかったのです。また、大学まで続けた卓球も、父に支えられてこそ成り立っていました。彼の情熱と愛情があったからこそ、私は強くなれました。
父との思い出は、ただの過去の出来事ではありません。彼との絆を深め、私の成長を共に喜んでくれた思い出が、今でも心の中で輝いています。これからも、父との関係を大切にしながら、彼に恥じぬような人生を歩んでいきたいと思います。お忙しい中、愛情を注いでくれた父に、心から感謝の気持ちを伝えられたら嬉しいです。父であることを誇りに思っています。
また、更新していきますね。本日も本当にありがとうございました!

コメント