新年明けましておめでとうございます。本年も父の闘病記録を綴っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
なお、現在私はインフルエンザに罹患し、療養中です。職場での感染でしたが、今年も感染症が猛威を振るっております。皆様もくれぐれもご自愛ください。
さて、前回は父が入院を決意し、新たな抗がん剤治療(ハイカムチン療法)に挑むことを決めたところまでお話しさせていただきました。今回は、その後の経過について綴らせていただきます。
2023年3月23日、ハイカムチン療法が開始されました。5日間の点滴投与という治療でしたが、この期間、特別に面会が許可され、私たち家族は交代で父の様子を見に行くことができました。
病室を訪れるたびに、父の容態は明らかに辛そうでした。「どう?」と声をかけても、首を横に振るだけで、言葉を発することすらままならない様子でした。その姿を目の当たりにする度に、胸が締め付けられる思いでした。
そして、私たち家族の最も恐れていた事態が起こりました。抗がん剤治療の影響で父の白血球が激減し、それに伴って肺炎を発症したのです。さらに追い打ちをかけるように、胸腔内に膿が溜まるという深刻な合併症も発生しました。
血圧は危険なレベルまで低下し、まさに命の危機に瀕する状態となりました。後に主治医から聞いた話では、本当に最悪の事態を覚悟したそうです。私たち家族も、父の命が風前の灯火となった瞬間を、今でも鮮明に覚えています。
奇跡的に父は一命を取り留めることができました。目を覚ました父は、「死ぬんだと思った」とポツリと漏らしました。その言葉を聞いた時、これまで強がってきた父が、初めて本音を語ったように感じました。
主治医からは深い謝罪の言葉がありました。治療の選択が適切だったのか、もっと他の方法があったのではないかと、医師としての責任を痛感されている様子でした。しかし、私たち家族には医師を責める気持ちは全くありませんでした。むしろ、命の危機から父を救ってくださったことに、深い感謝の念を抱いていました。
この時期の記憶は、あまりにも辛く重いものだったためか、細部が曖昧になっている部分が多々あります。おそらく、心の防衛本能が働いているのかもしれません。それでも、できる限り正確に、あの日々の記録を残していきたいと思います。
振り返ってみると、この出来事は私たち家族にとって、生と死の境界線を間近で感じた瞬間でした。当たり前のように過ごしていた日常が、いかに奇跡的で貴重なものだったかを、痛感させられました。
また、この経験は、医療の難しさと、命の儚さを改めて考えさせられる機会となりました。最善と思われる治療が、時として予期せぬ結果をもたらすことがある。その現実と向き合いながら、私たちは一歩一歩、前に進んでいくしかありませんでした。
本日はここまでとさせていただきます。次回も、できる限り丁寧に、父の闘病の記録を綴っていければと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。今年も変わらぬご支援を、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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