辛い過去を乗り越えて~父との最後の日々

いつもご覧いただき、ありがとうございます。このブログを通じて、私の思いを少しでもみなさんと共有できたらと思っています。今、こうして筆を進める中で、辛い過去を振り返ることは本当に胸が痛むことです。正直なところ、感情がこみ上げ涙があふれてくることもありますが、それでも私はこの物語を伝え続けたいと思っています。

前回の記事では、私の父が癌にかかり、その状態が全身に転移してしまったところまでお話ししました。今回は、その時の様子や私たち家族の思い、そして何より父自身の心情について掘り下げていきたいと思います。

2022年4月28日、私たち家族は病院で主治医から呼ばれました。「家族に話がある」と告げられたその瞬間、私の心の中に不安が広がりました。どこかに、父が絶対に癌を克服し、再び家に戻ってくるという希望がまだありましたが、同時に辛い話が待っていることも察しがついていました。病院に足を運ぶこと自体が恐ろしかったのです。

その日、母は無理にでも前向きになろうと必死でした。彼女の態度からは、悲しみがにじみ出ていましたが、時折それを隠すように明るく振舞おうとしていました。そんな母の姿を見ると、私も現実逃避したくなる気持ちが増していきました。辛い現実が私たちを飲み込む前に、少しでも希望を持ち続けることが心の支えだったのです。

主治医とお世話になっている看護師たちと集まり、現実を突きつけられました。腫瘍マーカーの数値は1697.8と上昇しており、鎮痛剤の使用も増えていることが告げられました。抗がん剤治療はもはや効果を失い、今後は地域包括ケア病床を利用して、鎮痛緩和に努めるしかないとのことでした。退院は難しく、この言葉が私たちの心を一瞬にして暗転させました。

涙が止まりませんでした。私一人ではなく、母も、そして優しい看護師たちも涙を流していました。私たちは、現実を突きつけられた瞬間の苦しさを共有していました。その瞬間、体が震えるほどの苦しさが胸を締め付けました。

それでも、私は父のもとに行かなければならないという使命感がありました。涙を拭き、母と二人で明るく振舞うことを決意しました。私たちの約束は、「涙を見せずに行こう」というものでした。病室に向かう道すがら、心の中は複雑でした。

病室に入ると、父は穏やかな笑顔で「どうだった?あんまりいい話ではないべ?」と問いかけてきました。「まあね」と返事をし、あとはたわいのない会話を続けました。その時、私の心は重く、苦しかったですが、父を少しでも安心させるために明るく振舞おうとしていました。

今振り返ると、父も自分の状況を理解していたのだと思います。それ以上は聞こうとはしなかったけれど、身体が教えてくれていたのでしょう。痛みや苦しみを抱えながら、何を言われたのかは十分に察していたと思います。

私たちは自宅に戻ることができないという現実を気にしつつ、父と過ごす時間を大切にしようと心掛けました。しかし、痛みがあまりにも激しく、鎮痛剤の量が増え続ける中で、自宅に戻り日常を過ごすという選択肢は難しかったのです。本当は父を自宅に連れて帰りたかったのですが、その痛みを思うと、それは逆に辛い選択になるとも感じていました。少しでも痛みが軽減され、穏やかな日々を送ってほしいと願っていました。

それでも、治療法がないかどうかを必死に調べて、希望を捨てずにいました。ネットを通じてさまざまな情報を集め、少しでも何か助けになるものが見つかればと努力しました。

今回はここまでになります。辛い記憶を振り返りながら、私の心の中に残る感情を言葉にすることは決して簡単なことではありません。しかし、父との思い出を胸に、少しでも多くの方にこの経験を伝えられればと思っています。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。次回もまた、私の父との時間についてお話しできればと思います。ご自身や大切な方の健康について考えるきっかけとなれば幸いです。

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